北海道のオホーツク海沿岸、チューリップ公園、サロマ湖、湧別原野と清流湧別川の恵みを受けた「花と緑あふれる自然豊かなまち」をガイドします。
屯田兵が開拓したまち・・
上湧別町の歴史はオホーツク海にそそぐ湧別川河口からはじまる・・・・・
明治当初、未開の地であったこの地域にわずかの和人が住み着き、先住民であるアイヌの人たちと共に、漁業や狩猟、そして農場を営んでいた。
本格的に開拓の鍬が入ったのは、明治30、31年。全国より北辺の開拓と警備の任務に志した屯田兵が移住し、総勢399戸の集落が築き上げられ近代社会が発展していくことになる。明治39年には湧別村が誕生。明治43年に分村し「上湧別村」が誕生(分村当時1,230戸5,833人)。
その後、鉄道・名寄本線が大正11年に、昭和28年に湧網線が全線開通し、交通の要衡として発展してきた。
現在は相次ぐ鉄道の廃止を契機に本町の特性をさらに活かした観光産業を推進しながら21世紀を迎えました。
平成17年10月には、「屯田兵村と兵屋」が道民が選んだ北海道遺産に認定されました。
「屯田兵が語った・・・・。」
屯田魂、心の中にひそかに眠る。
飛翔の街、上湧別を遠くに思うとき心揺れ動いたことがある。
未開の地に鍬を入れ。
湧別原野に汗が沁みる。
みんなで拓った(やった)。
限りないこの大地に。
思わずこぶしに力が籠もる。
いもやりんごの花が咲いてくれた。
わしらの不屈の精神(こころ)が、
きっと、継承されるに違いない。
そんな暖かな街だ。
「100年の時間が・・・・。」
ぼくのおじいちゃんや、
大きいおじいちゃんたちみんなの強いちからが、
ぼくのこころをつくってくれたみんなが、
汗を流したこのまちがぼくは好きだ。
おいしくできる畑にアスパラガスが並んだ
きっと、みんなが夢みたとおりになっているとおもう。
牛もいるし、アイスクリームもできた。
まち中、大喜びだ。
強いこころが伝わっていると、みんな満足していることだろう。
ぼくたちは、ちからを合わせてみんなの望んでいるまちにしたい・・・・
上湧別を・・・・。